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大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)312号 判決

原告

辰巳末次郎

被告

富田油脂株式会社

主文

一、被告は原告に対し金一、〇三六、一三七円および内金六四四、七九二円に対する昭和三六年八月一日より、内金三九一、三四五円に対する昭和四二年六月二九日よりそれぞれ支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

五、但し、被告が原告に対し金六〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告、

被告は原告に対し金一、八四〇、四四四円および、内金八六二、〇八〇円(後記山口外科病院の治療費を除くその余の損害金)に対する昭和三六年八月一日(事故発生の日の翌日)より、内金九七八、三六四円(後記山口外科病院の治療費)に対する昭和四二年六月二九日(請求の趣旨拡張申立書送達の日の翌日)より、それぞれ支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、原告の請求原因

一、傷害交通事故の発生

とき 昭和三六年七月三一日午前一一時二〇分ころ

ところ 大阪市城東区放出町一三二九番地先路上

事故車 普通貨物自動車(大四の六六一九号)

運転者 訴外川嶋啓介

受傷者 原告

態様 原告が第二種原動機付自転車(これを以下原告車という)に乗車して西進中、道路左側に荷物積降中の貨物自動車があつたため、これを避けて徐行していたところ右貨物自動車の背後から事故車が突如東進して来て、その車体前部で原告車もろとも原告をはねとばした。

二、被告の責任原因

被告富田油脂株式会社は事故車を保有し、その従業員訴外川嶋をして被告会社のため同車を運転させ、これを運行の用に供していた。

三、損害の発生

(一)  受傷、治療経過

原告は本件事故のため右大腿骨骨折、左膝蓋骨開放性骨折、左中指挫創の傷害を受け、事故当日より昭和三七年一月二〇日まで大阪市城東区にある阪本病院に、同年一月二九日より同三九年三月三一日まで原告の郷里の滋賀県八日市市にある山口外科病院にそれぞれ入院して治療を受けたが、右膝関節屈折不能の後遺症状が残つた。

(二)  療養関係費

原告が前記受傷のため要した療養関係費は合計金一、一九〇、六八四円である。

内訳 阪本病院における治療費 一二九、五九〇円

右病院入院中の附添看護費 八二、七三〇円

山口外科病院における治療費 九七八、三六四円

但し右山口外科病院における治療費九七八、三六四円については健康保険法による保険給付をうけたものであるところ、保険者の機関たる大阪府知事は右の治療を受けた傷病は業務外の事由による傷病とは認められないとして、健康保険給付を取り消して右治療費の返納を求める旨の処分をなし、右処分に対する原告の再審査請求は棄却されたため、原告は右治療費を大阪府知事に返納する債務を負つているものである。

(三)  逸失利益

原告は関西実業株式会社に勤務して、事故当時月額金一一、七〇〇円の給与を得ていたが、入院期間中右勤務先より支給されたのは、休業手当として右月額給与の六割のみであつたのでこの間三二ケ月間の逸失利益は金一四九、七六〇円である。

(四)  肉体的、精神的苦痛に対する損害(慰藉料)

本件交通事故により原告は前記の傷害を受けて三二ケ月間入院治療したが、右膝関節屈折不能の後遺症状が残り身体の自由を失うに至つた肉体的、精神的苦痛は大きく、将来就労能力の減退による損失も見込まれるので慰藉料として三〇〇万円が相当であるところ、内金六〇〇、〇〇〇円を請求する。

四、損益相殺

原告は自動車損害賠償保障法による保険金より金一〇万円の支払いを受け、右損害額に充当した。

第三、請求原因に対する被告の答弁

一、請求原因一項は事故の態様を除くほかすべて認める。

二、同二項は認める。

三、請求原因三項は原告の勤務先のみ認め、その余はすべて争う。

殊に、療養関係費のうち、山口外科病院における治療費は本件事故と関係のない新事故で生じたものである。即ち、本件事故による受傷については、原告は当初受診した阪本病院で全治し退院したものである。ところが帰郷後タクシーから下車する際受傷した方の足をひつかけて路上に転倒したことがあるようであり、山口病院での診療はこの際の受傷にもとづくものである。仮に右山口病院での診療が本件事故と関係があるとしても、原告の不注意と特異体質に基くもので、本件事故と相当因果関係はない。

なお原告は健康保険給付の不支給(取消)を理由に請求の拡張を言うが、もともと社会保険審査会はできるだけ健康保険の負担をはづす目的で設置されたものであるから、保険不支給の結果は、本件と直ちに関係なく別箇に判断されるべきである。

第四、被告の抗弁

一、被告の免責

本件事故の発生について事故車の運転者訴外川嶋は無過失である。すなわち、事故車運転者訴外川嶋は前方への注意を充分尽し、原告車が道路端に後部を突出させている訴外貨物自動車の後方をセンターラインを超えることなく通過しうると認めたものの、念のため徐行していたのに対し、原告は前方を殆んど注意することなく相当な速度で東から西へ進行していたため、訴外貨物自動車の発見が遅れ、かつ事故車の進行を認めていなかつた。その結果原告車としては、訴外貨物自動車とセンターラインの間を走行する余裕が充分あつたにも拘らず、右訴外車が後退を始めるように感じてこれを避けようと、慢然ハンドルを右に切つた結果、センターラインを超え、折から対向車線上を西から東へ徐行進行中の事故車に衝突するに至つたもので、本件事故はかかる原告の一方的過失に基くものである。また本来、自動車運転者は、その運転につき、互いに相手方が交通法規に反するような運転をしないであろうという信頼のもとに行動しているのであつて、本件原告のようにかかる信頼の原則を自ら破つたものは何らの保護を受ける必要はなく、本件は不可抗力によつて生じたというべきである。

本件事故当時事故車には構造上の欠陥も機能上の障害も無かつた。

更に、被告は訴外川嶋の選任監督には充分注意を尽し、同訴外人による事故車の運行についても注意を怠らなかつた。

二、過失相殺

仮に被告に責任ありとしても、原告の前記過失は損害額の算定上斟酌されるべきであり、その割合は原告八〇%被告二〇%とみるのが相当である。但し、前記山口病院治療費分については、前記事情を考慮してより低い二〇%以下の範囲の責任に止むべきである。なお右過失相殺上の評価に関し、事故車と原告車の車種の相異を考慮すべきではない。本来注意義務はどの車両にも平等である筈であり、原告車が単車であるのに対し事故車が四輪車であるからといつて、訴外川嶋により高い注意義務があるとするべきではない。

三、請求権の時効消滅

本件交通事故の発生は昭和三六年七月三一日であるところ、本訴訟提起は同四〇年一月二八日、また請求の趣旨拡張の申立がなされたのは同四二年六月二一日である。従つて、自賠法による請求としては、本訴請求権は同法一九条により事故発生から二年の経過をもつて時効消滅している。同条項は、直接には保険会社関係の規定であるが、保険関係仮渡金関係の請求権が二年によつて消滅するのであるならば、自賠法にもとづく請求権そのものも二年によつて消滅するものと解せられるからである。自賠法の規定は、運行者の責任をきびしくし、被害者にとつて依拠し易いのであるから、それだけ時効消滅期間を短かくしても意味があるというべきである。又仮りにそうでないとしても、本件請求は一部時効にかかつていることは明白である。即ち請求権の一部の請求は、その余の部分についての時効中断の効力を生じないから、前記請求拡張部分については消滅時効が完成している。

第五、抗弁に対する原告の答弁ならびに再抗弁

一、被告の抗弁事実はすべて否認する。

本件事故は事故車の運転者訴外川嶋において、進路ならびに道路の状況等に注意せず、安全な速度方法で進行しなかつた過失に基くものである。

二、自賠法に基く損害賠償請求権の消滅時効は民法第七二四条の定めるところによるべきであり、又本件の時効の起算点は山口病院における治療費が確定した時というべきであるが仮にその起算点が本件事故発生の時であるとしても原告は昭和三九年七月二九日到達の内容証明郵便をもつて本件事故に対する損害賠償として金二、五六〇、六五一円の支払を催告し、右催告到達時より六ケ月以内である昭和四〇年一月二八日に本訴を提起したから、時効は中断している。尚原告は本訴提起後請求の趣旨を拡張したが、訴訟中の請求額の増額は、同一の請求権の範囲を拡張したもので、新たな請求権の行使ではないから増額部分だけが独立して消滅時効にかかるものではない。殊に本件の増額は、実質において一旦控除したものの復活にすぎないのであるから、尚更請求権の同一性を失うものではない。

第六、証拠〔略〕

理由

一、原告の請求原因第一項傷害交通事故発生の事実(但し事故態様の点を除く)、同第二項被告の責任原因たる事実については当事者間に争いがない。

二、(責任)

従つて、被告は自賠法三条一項本文に規定するものに該当することとなるが、同条同項但書の免責を主張するので、まづこの点につき考える。

(一)  〔証拠略〕を綜合すると次のことが認められる。

本件事故現場は幅員五・七六メートルの東西に通ずる見とおしのよいアスファルト舗装道路上であつて、右道路中央にはアスファルトの継ぎ目が走つて西行車線と東行車線を区分する一応の目安となつており、又現場南側には道路に面して訴外東洋スレート株式会社の門がある。訴外川嶋は事故車を運転して西から東に向い、時速約三〇粁の速度で同車体右側縁を前記道路北側東行車道部分の前記アスファルト継ぎ目(以下これを仮に中央線と称ぶ)より三〇乃至四〇糎左(北)寄りの位置に置いて進行していたが、自車前方対向(西行)車道上を西進して来る原告車を発見すると共に、同時に前記訴外会社の門より一台の貨物自動車(以下これを訴外自動車という)がその車体後部を右西行車道上に西行車道幅の約三分の一程度突出させて停止しているのを認めたものの、原告車が右訴外車後方の西行車道上を通過するものと思つてそのまま東進を続けた。他方原告は、原告車を運転して本件道路西行車道部分の中央線から六〇乃至七〇糎左(南)寄りの位置を進行していたところ、訴外会社の門から、車体後部を西行車道上三分の一位まで出している前記訴外自動車を、発見し、ハンドルを右に切つて右訴外車の後方をこれを避けて通過しようとしたが、事故車の右ヘッドライト部分と原告車のハンドルが接触し、原告は斜め左前方に転倒して本件事故発生に至つた。訴外川嶋はハンドルを右に切つた原告車を発見して急制動の措置をとつたため衝突した瞬間には、事故車はほぼ停止しており、又原告は接触に至るまで事故車の存在に気ずいておらず、ハンドルを右に切つた後も急制動の措置をとつていない。

(二)  右認定の事実、殊に事故車は原告車を認めてから急制動措置を執つたのみと認められるのに対し原告車は中央線より、六〇乃至七〇糎南側を走行していて、ハンドルを右に切り急制動の措置をとることなく接触に至つたと認められることよりすれば、原告車事故車の接触地点は東行車道上、すなわち原告車よりみれば中央線を越えた道路右側部分であつたと推認されるというべきである。

(三)  ところで右認定のような道路で、道路中央線近くを時速三〇粁で走行する貨物自動車(事故車)運転者が、対向車道上にその左側端から対向車道幅の約三分の一位まで車体後尾を突出させた貨物自動車が停車している附近で、前方から対向して来る原動機付自転車とすれ違おうとするときには、次のような注意義務があるものというべきである。すなわち、右対向原動機付自転車運転者としては、たとえそのまま直進するにおいても、車体後部を道路上に突出させている前記貨物自動車の後尾と道路中央線との間を通過しうる余裕がある場合でも、その間隔が必しも充分といえないような場合には、右貨物自動車の突出に注意を奪われて、対向接近する事故車に気付かぬまま、右への転把により右貨物自動車の後尾との間に出来るだけの余裕・間隔を置いてその後方を通過しようとすることが考えられ、その際には少くとも事故車との極めて接近した状態での離合の危険(至近での離合による風圧或いは心理的な驚愕・過度の緊張・動揺等の影響により、不安定な二輪の原付車としての運転操作を誤まる危険)が予想されうるのであるから、予じめできるだけ道路左側に車体を寄せて進行するか、或いは減速して対向原動機付自転車に特に慎重な注視を怠らず、右対向車が事故車の進行に気付かず右転把の挙に出ようとする等の気配が予知されたならば、速かに警音器を吹鳴してその注意を喚起するなど、事故を未然に防止すべき注意義務があるものというべきである。しかるに前認定の事実よりすれば、訴外川嶋は予じめ原告車及び道路端より突出している訴外貨物自動車の存在を認めながら、右の注意義務を尽した形跡はなく、又本件全証拠によるも、右の注意義務をすべて尽していたとしても、なおかつ本件事故発生は避け難いものであつたと認めるに足るものもないから、そうとすれば訴外川嶋の無過失は認容し難いことに帰し、従つてその余の点を判断するまでもなく被告の免責の主張は認められない。

三、(請求権の消滅時効の抗弁)

(一)  被告は原告の自賠法による損害賠償請求権は自賠法第一九条により時効により消滅していると主張するが同法同条により二年の消滅時効にかかるのは被害者の保険会社に対する損害賠償額の支払請求権(同法第一六条第一項)およびこれに対する仮渡金の支払請求権(同法第一七条第一項)であり、事故車の運行供用者に対する損害賠償請求権は同法第四条、民法第七二四条により、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知つた時から三年の消滅時効にかゝると解するべきである。保険関係の請求権が二年の時効により消滅する以上、運行供用者に対する消滅時効も同様に解すべきであるとするのは、被告の独自の見解というべく、採用できない。

(二)  〔証拠略〕によれば原告は被告に対し昭和三九年七月二八日付内容証明郵便をもつて本件事故に対する損害賠償として金二、五六〇、六五一円の支払いを催告し、右催告は翌二九日、原告に到達したことが認められ、本訴の提起はそれより六ケ月以内である昭和四〇年一月二八日であることが記録上明らかであるところ、本件損害賠償請求権の消滅時効の起算点は事故発生の日である昭和三六年七月三一日と解すべきであるから被告の前記主張は理由がないものといわなければならない。

(三)  又被告は、原告が本訴中のちに請求を拡張した部分については、請求権の一部の請求は、その余の部分についての時効中断の効力を生じないから、その部分につき消滅時効が完成している旨主張するが、原告は当初本訴提起に当り、山口病院治療費九七八、三六四円については健康保険による診療の給付を受けたとして、これを除く本件事故にもとづく損害賠償債権の残余の部分の給付請求のみをなしていたものと解されるところ、その後昭和四二年六月二一日右山口病院治療費額について請求を拡張する書面を当裁判所に提出したことは本件記録上明らかであり、そして右のように一個の債権の一部についてのみ訴の提起がなされた場合、それによる消滅時効中断の効力はその残部についてまで及ばないと解すべきことは被告主張のとおりである。しかしながら、原告が右請求の拡張をなすに至つたのは次のような経緯によるものである。すなわち、後記認定の原告の治療経過に〔証拠略〕を綜合すれば、原告は昭和三七年一月二〇日、当初入院した阪本病院において一応治癒認定を受け退院したが、数日を出でずして患部に痛みを訴えるようになり更に山口病院に入院するに至つたところ、同病院では同院所見の症状は、疾病の継続性の問題としては、前入院先の阪本病院での症病が一旦全治したのちのものと医学的には認め難いとしたものの、阪本病院所見では全治として退院している点を考慮し、先の負傷は全治として、同院における診療は健康保険による療養の給付の取扱とし以後昭和三九年四月までこれによる診療を続けたこと、しかるにこれに対し、健康保険の保険者の機関たる大阪府知事は、昭和三九年一〇月一二日付を以て、右給付にかかる傷病は、業務外の事由による傷病とは認められないとして、右期間中の保険給付は行わないものとし、その間の治療に要した費用九七八、三六四円の返納を原告に求める処分をしたこと(本件事故による原告の傷害は業務上のものであり、従つて右大阪府知事の処分は、右事故による傷害と山口病院における傷病との医学的継続性を認定していることとなる訳である)、そこで原告はこれを不服とし、同年同月一五日大阪府社会保険審査官に審査請求をしたが、右申立は同四〇年五月三一日棄却され、更にこれに対して同年七月一九日なした再審査請求も同四一年九月三〇日棄却され、その後原処分確定により原告は前記費用九七八、三六四円を返戻すべき債務を負うに至つたことが認められる。

ところで右のような場合、民法七二四条に謂う「損害を知つた時」とは、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の起算点をこのように定めたのは一般債権の場合と異り不法行為の場合には直ちに損害を知り得ない場合があることを考慮したものであり、又特に短期時効期間としたのは損害額等の確定・立証の困難と被害者感情の宥和を考慮したものであると解される法意に鑑みれば、単に事故に基く損害の発生を知るのみでなく、それがのちに加害者側に賠償請求しうるものである点はさておき、第一次的には、自己の負担に帰せしめらるべき損害であることを知つた時をいうものと解するのを相当とする。そしてそうとすれば、右の場合、原告が山口病院における治療費の返戻債務を負うに至つたのを知つたのは、前記大阪府知事の処分確定を知つた昭和四一年九月三〇日以後というべきであるから、結局において、右治療費の損害賠償請求権の消滅時効は未だ完成していないものといわねばならない。

四、(損害)

(一)  受傷、治療経過

〔証拠略〕によれば次の事実が認められる。

原告は本件事故により右大腿骨折、右膝骨開放性骨折、右中指挫創の傷害を受け、直ちに大阪市城東区内にある阪本病院に入院し、昭和三七年一月二〇日、骨折部の一応の癒合をみたので医帥の許可のもとに退院したが其の後同一部位を再骨折して同年同月二九日滋賀県八日市市の山口外科病院に入院し、昭和三九年三月八日同院を退院するまで右骨折に対する治療を受け、其の後も同年四月四日迄通院治療したが、同日現在右膝関節に屈折度九〇度の運動制限の後遺症状が残つた。

(二)  療養関係費

〔証拠略〕によれば原告は本件事故による受傷の治療のため、阪本病院における治療費として同病院に一二九、五九〇円を支払い、右病院において必要とした附添看護のため城東看護婦、家政婦紹介所に八二、六三〇円を支払つたことが認められ、又前認定のとおり、山口外科病院における治療費は九七八、三六四円を要したが、右については健康保険法による療養の給付を受けたところ、その後大阪府知事は、右山口病院において治療を受けた傷害は業務外の事由による傷害とは認められないとして、健康保険法による右療養の給付は行わないものとし、その間の治療費の返戻を求める処分をなし、右処分に対する原告の再審査請求は昭和四一年九月三〇日棄却されたため、現在原告は大阪府知事に右山口外科病院における治療費として保険給付を受けた前記九七八、三六四円相当額を返納する債務を負つている。

従つて原告の本件事故により蒙つた療養関係費の損害合計額は以上の合計額である一、一九〇、五八四円である。

被告は山口外科病院における治療費は本件事故と関係のない事故で生じたもので、仮に本件事故と関係ありとするも原告の不注意と特異体質により生じたもので相当因果関係はないと主張するが、〔証拠略〕を綜合すると、原告の傷害は、前記阪本病院を退院した昭和三七年一月二〇日当時においては、前記骨折による骨欠損部が未だ完全治癒に至らず、骨接合が不充分で、些少の誘因によつて再骨折を起し易い状態にあつたものと推認され、そのため右阪本病院退院後同一部位に再び骨折を生じ山口外科病院に入院するに至つたもので同病院における治療は尚ほ、本件事故による受傷と相当因果関係あるものと解するのが相当と認められる。なお右再骨折が原告の過失或は特異体質に基くものとは認められない。

(三)  逸失利益

〔証拠略〕に前示原告の受傷、治療経過を加えると、原告は関西実業株式会社に弱電関係器機の組立工として勤務し、給与月額一一、七〇〇円を得ていたが、本件事故による治療のため事故当時から昭和三九年四月四日迄勤務先を欠勤し、その間三二ケ月間は勤務先から月額給与の六割相当額の支給しか受けていなかつたことが認められる。そうするとこの間の逸失利益は金四、六八〇円の三二ケ月分計一四九、七六〇円となる。

(四)  慰藉料

前示原告の受傷の程度、治療経過、後遺症状及び原告本人尋問の結果によると右後遺症状のため現在も正座することが出来ず、又寒冷時に患部に疼痛が認められること、その他本件証拠上認められる諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料の額は金二〇〇万円と認めるのが相当である。

五、(過失相殺)

前認定の事故態様に照らすと、本件事故発生については、原告にも前方不注視の過失を免れ難いものといわなければならない。そこで右原告の過失と前認定のような本件事故発生の諸般の事情を斟酌すると、原告の前記損害額中その六割を過失相殺するのが相当である。なお被告は、注意義務の程度は、車種に拘らず平等であるべきであり、過失相殺の評価上、加害車と被害車の車種の相異を考慮すべきではない旨主張するが、車両の種類により事故発生に際し危険度の強いもの、防禦能力のすぐれているもの、回避能力の劣つているものとしからざるものに応じ危険責任の配分を考慮することは相当であるというべく、本件過失相殺についても、これを諸般の事情の一として斟酌した。

六、(損益相殺)

原告が自動車損害賠償保障法による保険金より金一〇万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがない。

七、(結論)

被告は原告に対し、前認定の損害額中慰藉料二、〇〇〇、〇〇〇円から前記過失相殺六割を差し引いた額の節囲内である原告請求額金六〇〇、〇〇〇円と、その余の損害額計金一、三四〇、三四四円から過失相殺額六割を差し引いた金五三六、一三七円との合計額金一、一三六、一三七円より、前記損益相殺分金一〇〇、〇〇〇円を控除した金一、〇三六、一三七円及び内金六四四、七九二円(過失相殺を加えた後の山口病院治療費額を除くその余の損害額)に対する昭和三六年八月一日(本件不法行為発生以後の日)から、内金三九一、三四五円(過失相殺後の山口病院治療費額)に対する昭和四二年六月二九日(前同)から、いづれも支払いずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、民訴法第九二条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄)

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